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一般社団法人 シンクロニシティ研究会 マヤ暦シニアアドバイザー
札幌 マヤ暦&タロット、真椰(MAYA)
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「ママ…抱きしめて」

2024年11月26日

「ママ‥抱きしめて」私の今の気持ち

 

🌸今日は母が亡くなってから

みなのか(21日)になります。

 

また11月25日が母を慕っていた弟さんのちょうど一周忌と重なり

私の家に母の祭壇があり

お寺さんに来て頂きお経を頂きました。

 

言いようがない喪失感と寂しさ。

 

意見や考え方が違う方もいらっしゃると思います。

私の想いのまま綴ったので

そんな方はスルーしてください。

 

ただ時は過ぎていき

何をしていても何を見ても‥母の事を想う。😭😭😭

 

ご飯食べても買い物してもトイレに行っても

一人で運転する車の中で何度も押しつぶされそうな思いで

「ままぁ〜」叫ぶ。。。

 

母はいつも穏やかで周りを笑わせてくれ

若い時から自営業をしながら人の面倒をみてきた生涯でした。

 

苦労という言葉があるのならば

小さい頃から小説や映画にでもなるような‥

母以上の波瀾万丈な生涯を聞いたことがないくらい

凄まじい中を生き抜いていたように思う。

 

子供である私たち姉妹に迷惑かけないようにと

自分の住まいを片付けて岩見沢から札幌へ‥

 

自分の家を手離したくなかっただろうに‥

 

義父を見送り、二人の弟達も見送ってくれた。

 

終の住処となったライフコート(サコージュ)は、

私たちが住んでもいいと思えるような素敵な所を選んだ。

 

毎朝レストランに行く時はお化粧して、

いつもおしゃれで綺麗な人でした。

若い頃の写真はとっても美人さん。

 

得意の縫い物で沢山のお友達に喜んでもらったり、

大好きなお華も一緒に習いに行った。

 

おしゃれで着物の似合う母だったので

お正月の三ケ日は姉に着付けしてもらいながら必ず着物をきた。

 

今が1番幸せと言いながら‥楽しんでくれたのだろうか‥

 

ライフコートで一緒に入る大きなお風呂♨️が

母娘の時間を感じさせてくれ

 

今でも背中を流してくれた感触がそのまま残っている。。。ママ。。。

 

若い時から次から次へと病院ばかりだったけれど、

ここ数年は一緒にいろんな所に出かけたり

コロナあけて温泉旅行も行けた。

 

今年は過去最高、40キロの梅をつけてくれた。

 

梅酒も漬けながら‥こうやって置いていたらいつでも飲めるからね❣️って‥

入院する数日前のこと。。。

 

複雑な家庭環境だったから

母は働き私は違う方に大切に育ててもらった。。。

 

もっと話をしたかった

もっといろんなとこ行きたかった

もっと手を繋げばよかった

もっと抱きしめたかった

 

もっともっと一緒にいたかった。

 

溢れる思いで‥胸がしめつけられる。

 

後悔しない人なんかいないと思う。

 

それだけ母の存在は偉大で

涙なんか枯れない。

 

いつかは向き合わないといけない事だとわかっていても‥

それがいつかはわからない。

 

いつか親を見送る時は来るとわかっていても

生きているうちに母がこの世から目の前から

居なくなることなんか想像できるでしょうか…

私はできませんでした。

 

ただ‥子供としての役目

母を見送れた事に感謝する。

 

考えたら母に怒られたことなんかなかった‥穏やか母でした

なのに私は怒ったりした😭😭😭

沢山の後悔😭😭😭

 

人の1番辛い感情は喪失感だといいます。

 

言いようがない喪失感と寂しさが

波のように何度も何度も押し寄せてくる。

 

時間が埋めてくれるというけれど‥

時間が経つにつれより哀しみも深くなるともいいます。

 

たった一人の親だから

私はこの想いときっと生涯向き合っていくのだと思う。

 

マヤを始めた時に母は

「やっぱり占いの仕事するんだね」と言った

 

色んな人居るから人の為に

役立つことだからいいと思うよと‥

 

60過ぎてから始めた筆文字講座を

凄く喜んでくれて応援してくれた。

 

マヤを学んでいなかったら

もっともっと辛かったと思う。

 

色んな親子や家族のあり方がある事を知らせてきた。

 

今、お仕事させて頂いていることに感謝🙏

お仕事に出会いに助けてもらっている。

 

母が最後に教えてくれた

今の想いがいつか誰かが傷ついたり哀しみの中にいた時に

寄り添える存在で在りたいと思う。

 

愛する存在がいないというのは、

こんなに寂しいものなのだろうか‥

 

そして私は一人娘がいる。

無条件で可愛い🩷

愛するということを教えてくれた。

 

きっと母も無条件で愛してくれていた。

 

だから自分が母となって思う事は

母が幸せでいつも笑っていてほしいと願ったように

私も幸せを感じて元気に生きていく事が娘にできること。

 

与えてもらっている人生を楽しく生きること。

 

母が亡くなって目の前の方

ご縁ある仲間のために少しでも母のように

役立つ存在であれたらと心から思う。

 

まだ母の部屋はそのまま‥

少しずつ向き合っていくのだと思う。

 

母が残してくれたもの

気づかせてくれた事は計り知れない。

 

やっぱり母は偉大だということ。

 

「ママ逢いたい‥ママ寂しいよー

ママ抱きしめて💓」

 

悲しみとどう向き合っていくのか‥

 

田口さんの言葉で

 

 

「大切な人の死は

 乗り越えられるわけではなく

 いつまでも忘れられずに…

思い続けるもの

 忘れないからこそ

 前に進めることもある」